研究室の紹介

(プラズマ・核融合学会誌 2001.7月号掲載)


高瀬・江尻研究室では、将来のエネルギー源としての 核融合を念頭においた高温プラズマ研究を行っており、 世界的視野を持った研究者の育成を目指しています。 本研究室には、理学部物理学科を起源とする長い伝統があり、 世界の第一線で活躍されている優れた研究者を数多く 輩出してきています。 大学院生は理学系研究科物理学専攻及び 新領域創成科学研究科複雑理工学専攻より受け入れており、 研究室は東京大学ばかりでなく、いろいろな大学出身の学生 により構成されています。

研究室の活動は、本郷キャンパス内にある TST-2球状トカマク装置を中心に行われています。 将来的には柏新キャンパスに移転することになりますが、 まだ数年先の話です。 トカマクの改良型である球状トカマクでは、 50%程度の高いベータが実現できると考えられており、 近年世界中で研究が急速に展開しています。 高ベータプラズマが安定に実現できれば、 第一世代の核融合炉が使うD-T反応に比べ、 中性子による放射化の格段に少ないD-D反応や D-3He反応を 用いた先進的な核融合炉が実現可能となるので、 極めて高い意義を持ちます。 また、我々のように学生も含めて10人程度の グループで装置を製作し、維持するには、 ジュール加熱のみで高温プラズマの生成ができ、 プラズマの体積を大きくとれる 球状トカマクは、非常に魅力的です。

我々は、このような球状トカマクの将来性とコンパクトさ に着目し、TST/TST-M装置で実験を開始し、現在は 二代目のTST-2装置を用いて実験を行っています。 この装置は日本の球状トカマクとしては最大のもので、 トーラスの大半径/小半径は0.36m/0.23m、 プラズマ体積は約0.5m3です。 現在までに得られているパラメータは BT=0.2T, Ip=0.1MA, A=R/a > 1.6, k < 1.8, Ti = 100eV、放電時間 < 100msです。 この装置で自慢できる点は2点あります。 1つは、設計開始からFirst Plasmaまで1年かからなかった ことです。電源系は以前の装置TNT, TST, TST-Mで用いて いたものを流用しました。 電源系のなかでも制御系は年代物が多いのですが、 徐々に新しいものに置き換わっています。 2つめの自慢は極低予算で製作したことです。 どのくらい低いかというと、この装置をプラ・核学会員全員に 1台づつ配っても、ITERの予算に達しないぐらいです。 そのために、かなりの部分を自分たちで製作しました。

TST-2における主要な研究テーマとしては、 球状トカマクプラズマの安定性、プラズマ波動を用いた加熱や 電流駆動、熱・粒子輸送過程の解明およびその制御等が あげられます。また、これらの研究に不可欠な各種先進的計測機器 (例えばプラズマの密度・温度測定、揺動測定、波動計測等)の 開発研究も行っています。 もう既に、ECHによるプラズマ及び電流生成、HHFW(高次高調速波) の励起・伝播実験、再結合現象発生時の内部磁気計測などで 先駆的な成果をあげていますが、今後さらに皆様に自慢できるような 成果を上げるべく努力しております。

このほか、日本原子力研究所のJFT-2M装置や 核融合科学研究所のLHD装置、CHS装置において、 波動を用いた加熱・電流駆動実験や、 プラズマの熱輸送低減現象の解明、軟X線測定等に 関する共同研究を行っています。 特にLHDでは、大電力加熱用の高周波アンテナの開発研究を 行っており、平成14年度頃よりこのアンテナを用いた実験を 開始する予定です。 さらに、 プリンストン大学プラズマ物理研究所の NSTX球状トカマク装置におけるプラズマの高ベータ化、 電流駆動実験、ならびにマイクロ波を用いた 新計測法の開発に関する共同研究も実施しています。 これらの共同研究は一見無秩序に見えるかもしれませんが、 それぞれ色々な事情で始められたものです。 とは言っても、東奔西走しているのは事実で、 しばしば分身の術を使って乗り切っています。 これらの大規模な研究所の実験に参加することは、 ともすると井の中の蛙になりがちな小グループに 様々な情報や考え方を提供してくれ、特に経験の 浅い大学院生にとっては、大きな刺激になるようです。

スタッフは高瀬教授、江尻助教授、白岩助手、山岸技官の4名です。 現在、博士課程には4名、修士課程には7名在籍しています。 このうち2名は理論研究を行っています。 研究室では、ミーティング、研究発表、論文紹介、輪講がそれぞれ 週に1回ずつ行われています。 それ以外に、毎朝10時からDaily Meetingがあり、前日の報告と その日の打ち合わせが行われています。 また、パーティーと称して飲み食いが随時行われています。 幹事になった2名が趣向をこらした料理を作るのが伝統でしたが、 あるとき焼き鳥の煙で火災報知器が動作し、それ以来、焼き物は 遠慮しています。また、時々、東大内のプラズマ研究グループと サッカーや野球の交流試合をやっています。

ここで、最近の修士学生をモデルに、どのように2年間を 過ごすかを紹介したいと思います。 M1の最初の半年は、授業を受けて、単位を取るので結構 忙しく過ごします。 特に、複雑理工学専攻の学生は、 結構ヘビーな授業が多いため苦労します。 また、放射線教育、金属工作実習、環境安全講習など、 学内での教育、ならびに研究室内での安全、基礎教育を 受けます。それと並行して、TST-2での実験見習、 TST-2装置システムの一部分の製作分担もします。 最近の例では、コンデンサー充電器、充放電制御システム、 磁気計測用積分器、コイル、データ収集ソフトなどがあり、 厳しい先輩に罵倒されながらも立派な作品を作ってきました。 M1の夏ぐらいにテーマを決めて修論研究を始めるのが 理想的ですが、必ずしもそうはいきません。 テーマの選択は、教官の提案する幾つか候補の中から 1つを選ぶことが多いですが、自分でテーマを探す 意欲的な学生もいます。 先輩の手がけたテーマをそのまま引き継ぐことは少なく、 学生は暗中模索しながら自分の実験の準備をすすめます。 そのため、まともなデータが出始めるのが12月になり、 正月中に修士論文を書くというケースがここのところ 続いています。 ともあれ、なんとか無事修士論文を書き上げます。 こうして2年が経つと、 デジタル回路、アナログ回路、金属工作、制御のうち 最低2つぐらいの基礎がマスターできます。 さらに、博士課程に進学した場合には、 新M1を指導するようになります。

最後に大学における核融合研究の意義について、 一言述べます。 大学では実に様々な分野の研究を行っています。 我々の近くでは、Bio、IT、Ecoなどのキーワード が踊っています。 すなわち、社会の動きを反映するとともに、 社会のニーズにマッチすることを求められます。 このような状況下で、スタッフも学生も 核融合研究と他分野の研究の比較を 意識的あるいは無意識的に行います。 ともすると流行の研究に圧倒されて、 核融合が色あせて見えてしまいます。 それに対して我々は、こう主張します。 核融合研究は、人類が千年万年と存続するために 必要な道具を作り出そうというものである。 そして、そのような研究に従事できることを 誇りに思って欲しいと。 現在の大学は、研究、教育、産業の接点に位置しており、 研究者には様々な視点から研究の意義を見つめさせ、 多種多様な知識を分野を超えて流通させるという機能を 持っています。そういう意味で、大学に在籍する研究者は、 非常に恵まれていると言えます。

以上簡単に研究室の紹介を行いました。 さらに詳しい情報は、 Home Page ( http://fusion.k.u-tokyo.ac.jp/) に掲載してありますので、是非ご覧ください。

(文責:高瀬雄一、江尻晶)